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★津軽三味線★加藤流三絃道「訓成会」公式ブログ 藤秋会30周年記念公演
30周年記念公演まであと少し。

IWAKI公演の時、2年前の高山公演の時もそうだったが、高山は田舎だから、お客様が本気でチケットを購入する時期が1ヶ月前。その前から発売しているのに、公演1ヶ月前にならないと数字が伸びない。
その為主催者は、本当にチケットが売れるのだろうかと毎日不安で、寝ても覚めてもチケットを誰に購入してもらおうか考える。

何年もかけて、チケットの購買ルートを作った結果、ダイレクトメールの打率の高さに我ながら感心してしまった。
特に営業をしたわけではないが、この10年で藤秋会やIWAKIの公演チケットを続けて購入して下さった方、ホームページからの問い合わせがあった方。その8割以上の方が予約。

前に公演を聞きに来て下さった方達が、忘れずにまたチケットをご購入下さる。その公演自体が次の公演の広告そのものなのではないか。現在五年後まで効力のある公演(広告)を作り上げている。

しかし、今回の公演(広告)は予想を反して10年以上の効力があるのではいかと思っている。良いお席残りわずか、さあみんな急いで!!レッツメール&電話!
芸文1
先日、御家元、奥様、幹部のみんなで5月9日の開場の下見をした。
久しぶりに入った芸術劇場、やっぱり素晴らしい劇場だった。

客席もくまなくチェック。

『おーい!!』どこからか私を呼ぶ声が。訓菊さんが5階席から手を振っている。

下から見ているよりすごく高いみたいで、私が極度の高所恐怖症と知っているので『訓成さんは無理だと思うよ』と。5階席をご購入されたお客様はくれぐれもお気を付け下さいませ。

しかし、この舞台の奥行きの深さ、そして客席と舞台の高さが丁度お客様目線。
これはかなり臨場感たっぷり、舞台に釘付け間違いなし!!

と言うことで、舞台をしっかり努められるように引き続きお稽古に励みます。
ちょっと高い位置にある5階席(1,000円)だけれど舞台で演奏する私の姿は見えますよ(笑)自称訓成ファンの皆様どうぞお越しください。お待ちしております。
【写真:奈落にて】
芸文2
劇場の見学では劇場の管理者が案内して下さる。
御家元の右隣、白髪の男性が今回の案内役。

お名前は忘れてしまったが、ばりばりの名古屋弁だったのが印象に残っている。藤秋会の訓義元中部藤秋会会長(きゃーちょー)がそこに居るようだった(笑)
御家元もその名古屋弁には親近感があるようで見学の間は終始笑顔。

しかし、奈落(ならく)ではその笑顔も消える。

この劇場は舞台が何面もあり、その中に奈落と言われる場所がある。
舞台が下方向に下がるその下がった場所が『奈落』。

逆に人間を乗せて地下から上方向に上がったりもする。その時に大変危険を伴い細心の注意を必要とするため、劇場スタッフが十数名舞台に配置される。本番は大きな声を掛けられないため、リハーサルでの念入りな確認をする。

その時、スタッフだけではなく、出演者も同じように舞台の動きを確認しなくてはならない。演奏が終わったからすぐ動くことが出来るのか、出来ないのか、一つ一つの確認が重要となる。個人的な見解では動けない。

出演者全員が安全に行動できるように見えないところで頑張っているスタッフがたくさんいる。
全て出来上がった舞台に立てる感謝の気持ちを忘れてはいけない。

心がけよう『安全第一』
高山へ帰ってきた。
自宅の玄関を開けたら子供達が笑顔で「おかあさーん、おかえりー」と叫んで飛びついてきた。

ようやく1年越しのプロジェクトが終わった。

5年前の御園座公演の時、当時公演スタッフでお願いしていた加藤奈知さんがまだその日限りのバイトさんだった。しかしそれがご縁で今では、藤秋会の事務局をお願いしている。

あの頃は指示を受ける立場だったが、今回は指示を出す立場。
この5年間で、家元制度、本名と雅号、藤秋会の活動内容など、沢山の事を教え、覚えてくれた。
まだまだ覚えることはあるが、たまに我々幹部も忘れていたことなど指摘があるとちょっと嬉しい気持ちになる。

今回の公演では主人と奈知を中心に裏方スタッフを仕切った。
高山と名古屋ではなかなか綿密な打合せが出来ず、当日までに直接会って打合せをしたのが3回、後は電話やメール。

また今回お願いしたバイトスタッフの半数以上が面識のない大学生だった。
前の公演でお願いした人を当たったが全滅だったからだ、もしその人たちをお願いしたとしても5年前の事だからバイトの内容など覚えていないだろう。結局は最初から教えなくてはならない。

仕事の量や内容がハンパじゃなく、そのバイトさん達で回していけるのかとても心配だった。
しかし、当日舞台に立たなければならない私が裏方を仕切る仕事は出来ない。もう主人と奈知に丸投げするしかない、何とか頑張って!祈るばかりだった。
《つづく》
30周年1
限りあるスタッフの仕事のシフト組みは本番と同じような予定を頭の中に置いて、いつ何処でどれだけのスタッフを動員するかシミュレーションしなくてはならない。
ここが決まれば後は個人の仕事を全うするだけだ。

しかしスタッフを当日朝から指示するためには事前の準備が必要になる。

まず舞台裏の仕事で今回一番心配したのが膨大な数のお弁当の発注と受け入れ。
仕出し弁当と言えばいつもお世話になっている“バイパス”さん。今までお付き合いさせて頂いているなかで一番数量が多い。

担当の大倉さんも心配されて前々日に現場で楽屋口駐車場、お弁当搬入の導線とお弁当の仕分け方などを打合せした。特にいつも問題がある会員のお弁当仕分けには、大倉さんも一緒に良い策がないか考えて下さった。

面倒でも、個々の楽屋、団体の楽屋を問わず、全てこちらの要望通りに細かく仕分けて下さった。
まず、お弁当の仕分け作業の効率をあげ、目で見てパッと判断できるようにお弁当を仕分ける為に使うビニールひもの色を全て変えた。
その上、仕分けされた全てのお弁当に楽屋名、支部単会名を細かく記入した紙を貼り付けて下さった。
短時間で、少ないスタッフを使う為にも、バイパスさんのお心遣いには本当に感謝している。大倉さんありがとうございました。

そして、今回は私の中では反省点が多いケータリングの仕事だ。
御家元を始めゲストの方々への楽屋へお飲み物や、お弁当、お菓子等をご用意する仕事がある。他に何か頼まれ事があったら承る仕事もある。力仕事と違い、大変気を遣わなければならない仕事だ。

始まって早々ダメ出しが出た。こちらの至らなさに深くお詫び致します。
詳細は後日、反省会や幹部会、5年後に向けての会議があったときに是非改善策を考えて行きたいと思っている。

そして、我々出演者では状況が全く分からないフロントの仕事。
色々あったようだ・・・・つづく。
30周年2
さあ、フロントでの裏方仕事。

最初のトピックスは・・・。
 当日券も完売でお断りしたこと

公演1週間前に中日新聞に公演開催告知記事が載った。丁度その日、実行委員が訓栄さん宅に集まり最後の打合せをしていた日だった。チケット担当の訓里さんから嬉しい悲鳴の電話が来た。あまり販売の伸びを期待していなかった自由席が新聞告知の効果か、急に売れ始めた、とうとう前売り自由席の完売。
しかし必ず当日券を目当てに来場されるお客様がみえる。その心配が見事に的中。
お断りする度心が痛んだと聞いた。是非5年後には前売り券を買って下さい。

 ここは御岳かエベレストか!

会場の客入れが予定時間より15分早めた。そのせいか開場時にはさほど混乱もなく入場出来たようだった。
しかし指定席の4階、自由席の5階へはエレベーターも終わり、長い階段がつづく。
しかも自由席の5階席はすごく高い位置にあるため、走って転んだりしたら・・・・・考えるだけでひやっとする。しかしそんな中、公演を最後まで聞いて下さったお客様の頑張りに脱帽です。何事もなく良かったと胸をなで下ろしたそうだ。

 百聞は一見にしかず

当公演では、中日新聞の後援を頂き、当日は公演の取材をお願いしていた。 
本当に取材に来てくれるだろうか・・・・客入れが終わりオープニング曲が始まった時主人はその姿をとらえた。
事務的なやりとりが始まりこの公演の概要を教えて欲しいと言われたが、今オープニング曲が始まったから何でもいいからまず舞台を見てくれ!と会場に引っ張っていった。
その後会場から出てきた記者の方の顔が最初に会った顔つきと明らかに違った、思いが伝わった。

次の日の新聞には『12段のひな壇に整然と並んだ舞台』が大きく記事になって載っていた。
愛知県以外にも岐阜県にも記事が載っていた(以下は飛騨地区の岐阜県版)
百聞は一見にしかず。
中日新聞


フロントの裏方仕事、つづく。
前回につづき

 ルリカケス効果

当日は『母の日』、いつも子供の世話をお願いしてばかりで母の日も孫のおもり・・・感謝しています。

この日、劇場に足をお運び下さった『母』と呼ばれる方々へは、津軽三味線以外のサプライズがあった。永井龍雲さんの『ルリカケス』という曲。
私が初めてその曲を聴いたのが、五木ひろしさんの御園座公演。御家元がこの曲に痛く感動し、30周年公演で歌って頂く運びとなった。

当時は御家元の熱いカラオケと酒にやられて、何となくいい曲だなーと思っていたが、永井龍雲さんのマネージメントをされている東京のキャピタルヴィレッジさんの根岸さんとやり取りしている間に何度か音源を聞く機会があり、そこで急に永井龍雲ファンの血が流れ始めた。
素人な発言かも知れないが「歌が唄っている」と思った。うまく表現できないが、言葉と声、音程の重なりやつながりが、何とも言えない。1人で唄っている感じが無く、数人で唄っているような厚みが感じられる。

久しぶりにサインが欲しい!と衝動にかられ、持っていた水玉のスカーフにサインを頂いた。
しかも何か緊張して、スカーフの裏表を確認せず差し出したため、裏面にサインをお願いしてしまった・・・(涙)

さて本題に戻るが、当日劇場ホワイエにて各ゲストのCDやDVD等の物品販売をさせて頂いた。お預かりした主催者の立場からしたら1枚でも多くお客様にご購入頂きたいと、大きな声で宣伝をした。

その中でもダントツに売り上げを上げたのが永井龍雲さんだった。
しかも『永井龍雲さんのCDはこちらですよー』の声よりも
『ルリカケスが入ったCDはこちらですよー』の声にお客様は反応したらしい。

御家元まではいかないだろうが、当日そのルリカケスに感動したお客様が沢山みえたようだ。しかも合い言葉は「ルリカケス!」
御家元が狙った通り、ルリカケス効果はすぐに現れた。

頂いたサインは大切にします。ありがとうございました。
つづく
永井龍雲さんサイン
公演が始まる直前、ようやく“なじみ”の顔を見た。

東京からお願いした美容担当の松野さん、鵜久森さん。高山からは私の同級生の真弓。
そしてわれら藤秋会ブランドを作り上げた紫さんこと栄紫さん。

皆、口を揃えて『すごいよ、奇跡的に全員出来た-!』

この喜びの声、30周年にしてようやく全てを網羅、達成感でいっぱいの笑顔だった。私も嬉しかった。

かれこれ栄紫さんを『紫さん』と呼び始めたのは、大阪新歌舞伎座での五木ひろしさんの公演からだった。
当時の写真があったので見てもらおう。紫の服を着ているのが紫さん。
大阪新歌舞伎座3
ここは新歌舞伎座、毎日地下2階から地上6階のお稽古場まで通った。かなり階段を駆け上り駆け下りた。
さて、この写真はまさに藤秋会ブランドが出来る直前。前列に座っている女性の髪がそれを物語っている。

しかし、紫さんだけでは手が足りず、何を思ったのか私は東京で美容師をしてる友人を大阪に呼んだ。
経費がかかることは否めなかったが『今やらなきゃ!』の心の声が聞こえた。その友人が松野さんだった。

そして紫ファミリーの旗揚げの時となった。
つづく
今までに、本公演を合わせて数回、松野さんにはお願いしているだろう。
本業は東京にてブライダルを中心とした、ヘアー、メイク、着付けなどフリーでやってみえる。有名な芸能人では神田うのさんや、照英さんも手掛けている。

藤秋会では紫師匠の指導を受け、紫さんが造るヘアーに近づこうと、いつも新しい事へのチャレンジを欠かさない。また、若いスタッフも取り仕切るリーダー的存在、女社長だ。

彼女が、28歳の時突然『東京で仕事がしたい!』単身で飛び立った。高山の田舎では28歳の年齢は結婚するか、子供を出産するかの女性が多い中、よく飛び出して行ったな、といつも感心してしまう。負けん気も人一倍ある。

同級生の真弓をはじめ、郷里の友人と一緒に全国で舞台を作っていけるのが嬉しい。そんなチャンスを与えてくれた御家元に感謝します。

今回の公演では紫師匠と合わせて4名の美容部隊で160人の付け毛を本番直前で完了!やりきった!
彼女らに中でも記念公演になったのでないかと思う。美容以外の裏方仕事もお手伝い頂き、本当にありがとうございました。

当日の美容部隊集合写真を取る暇もないという現実。残念ながら、素敵な笑顔をご紹介出来ませんが前回の公演の写真を見つけたのでアップします。5年前と変わらず素敵な松野さんです。
松野さん
こぼれ話:本番直前あいや節のあとに御家元の“早変わり”をすることが決まった。本番中に美容部隊3名は舞台に乗り込み出演者と一緒に奈落へ落ちた。“早変わり”五木ひろしさんの公演を思い出すな~、また藤秋会で貴重な経験できたよねー。
先日、名古屋の上海美食にて30周年公演の打ち上げがありました。
御家元を始め実行委員メンバーと、お箏の正絃社さんとゴスペルのアノインテッドさんと、30周年公演を振り返り、楽しいひとときでした。ありがとうございました。

そこで私の姉妹をご紹介致しまーす。
アノインテッドさん
似てるでしょ?右の方が坂井田莉重子さんです。アノインテッドのマネージャーさんです。

彼女は岐阜県郡上の出身、高山と近いですね。顔だけじゃなく、雰囲気も似ているのです。
今度、入れ替わってみようか!!私はゴスペル、坂井田さんは津軽三味線弾く!の話で盛り上がりましたね。

またご一緒させて頂くことを楽しみにしてます。ありがとうございました。
先日行われた30周年実行委員の慰労会。
写真屋さんから舞台写真のサンプルが届いていた。

それは見事な写真で、まさに絵画のようだ。
出演者の我々は自分がどんな舞台に立っているのか1ミリも見ることが出来ない。それはそれで残念なのだが、後になって自分はこんな舞台に立たせてもらったんだ、とまた感激する。

しかし、そんじょそこらの劇場では出来ないこと、やはり芸術劇場ならでの舞台。

舞台監督の牧村さん『ありがとう』
実行委員のみんな『ありがとう』
御家元と奥様『ありがとうございました』

そして、私の大切な訓成会のお弟子さん達。いつも手を掛けられず伝えることも伝えられず心苦しく思っていますが、何とかついてきてくれて『ありがとう』
また応援に来て下さった方々『ありがとうございました』

次の本公演まで私なりにまた芸の道を究め、充電期間として頑張って行きたいと思います。今後とも藤秋会、訓成会を宜しくお願い致します。

アルバム
藤秋会30周年記念公演のアルバム【現在各支部にサンプル回っていますよ】